2009年08月31日

hey! not "we can change", "you can change"

gremz発芽55日

選挙が終わりましたね。
落ちた人はそう思えないでしょうが、楽しめました(爆)

24時間テレビつながりで紳助が司会者の一人の選挙速報番組を見ていました。
ちなみに親子と言えど、テレビ番組の好みってこうも違うんですねぇ。
でも年寄りとバカにしちゃぁいけません。
「え!?」って番組見てたりします(笑
私は普段は24時間テレビなんて見ないんですけどね。


で、選挙ですが、母と大分意見が異なり、「あぁ〜本などで読んだ親子間で政治に関する意見が異なっての悲劇ってこうやって起こるのかもねぇ」(むちゃ大げさ)と感じたり・・・(笑

母(自民党支持)は、自民が落ちて、若い人が当選すると
「こんな若いのが当選して政治なんてやれるのかね」
と言い、私は落ちた自民候補者の年齢を見て
「70過ぎてるじゃん!引退しろ!引退!」
と言い・・・
(他にもいろいろ意見が違ったのですけど(笑)

いや、今は70でも頭ははっきりしているし、60定年で「問答無用」で働く機会が奪われるのはいかがなものか、と思ってますよ?
でもね、同じ人間が長い間同じ地位にいたり権力持っていると淀むんじゃありませんか?
弊害が多くなるのじゃありませんか?

それがいやなんですよね。

でも経験と知恵ってのは、重要だから

知恵は貸す!
判断はお前に任す!


ってのはどないでしょう?

任期何年やったら立候補できない

ってな感じで?

更に

血縁者の立候補は、間に非血縁者の在任〇年(最低二期分位)を挟まないと許可しない

ってのはいかがでしょう?


最良の我々の代表者たまたま血縁者である可能性もありますからねぇ。
妥協案として(笑


それにしても伸介。もとい紳助。
小泉の息子に私が感じていたものと同じものを感じてくれていたようです。

小泉進次郎に向かって
「あなたと話していると、40過ぎの(ベテラン)議員と話しているような気がするんですよねぇ。若いんだからもっと怒ってもいいんじゃありませんか?あなたの言っている事がほんとの事に聞こえないのですよ」(要約)

紳介も普段と違う系統の番組でそれまでは大分大人しい(番組への)参加ぶりでしたが、やっと紳介らしいつっこみが聞けました(笑

ちなみに上の紳介の突っ込みに関しても、なんか反応が鈍いと言うか、直接の返しはなく、それまでも繰り返していた「皆様のおかげです。がんばりますのでよろしく」みたいな返答だったのかなぁ。
なんか「ニヤア」と漠然と笑った印象しか残っていません・・・

なんか冷徹と言うか、傲慢と言うか、本音が見えないと言うか、私達の代表と感じられない空気がバシバシ私に向かって流れてくるんですよ。
(確かに私は彼の選挙区の住人じゃないですけどね)
自分が代表している人達(私達)を見ないで、利害関係のある上の人達が常に彼の目線上にあって、それに向かっての受け答えに聞こえて仕方がないんです・・・

この人だけは落ちて欲しかった・・・(ぉぃ
政治とか選挙とか甘いもんじゃない、自分の情熱を良くも悪くも見せないと心は伝わらないんだよって思わせたかった。
対立候補への対応とか過去の報道と言い訳を見てると、この人こそ小泉元総理の息子でなかったら絶対当選してなかった、としか私には思えない。


まぁ受かっちゃったんだからしょうがない。
なので、彼は外交関係を担当させたらいいんじゃないですか?
百歩譲って、私が彼の傲慢さと見ている部分が、良く世間で言われる次男坊のマイペースの表れとしたのなら、頭は良いと思うので、その損得勘定にシビアな面を諸外国との折衝で発揮していただけると今までの日本と一味違うやり取りができるのではないでしょうか。



お前何様!?
と言われるような個人攻撃はこの位にして(ぉぃ

高校学費無償?
子育て支援金?

他にもあるけど、任期まっとうできたとして、その最中にお金調達できるの?
4年の間に優先順で徐々に?実現していきます、って言ってたけど、途中でポカやって解散総選挙ってなったら、又自民が与党になると思うけど。
そしたらそれまで動いてきた内容、又無しにされるんじゃないの?
その間にかかった人件費諸費用無駄になるのじゃないの?
やるな、と言うんじゃない。
もっとなんというか具体案を伴って、危機感と切迫感を持ってやって欲しいなぁ。
テレビの短いインタビュー時間だから、こう答えた、というなら良いのだけど。

紳介が鳩山さんに
「学資支援を現金でやらずに、米とか現物で支給ってどうですか。」
と言って、きっぱり
「現金で支給します!」
って断られていた。
紳介が言った事はまぁ半分思いつきだけど、以前他の番組で言われていた事を思い出す。

学校関係者
「学費を納めない親の中でも納める気がある親は遅れようがなんとか納めようとしてくれます。問題はそれ以外の親で。そういう親のいる個々の家庭に現金で支給したら、パチンコやら他の事に支給金が使われて学資にはならないと思います。」
街角インタビュー
(学資が支給されたらどうします?の質問に答えた一般人達)
「塾の費用にします!(きっぱり)」

ねぇねぇ。
なんか主旨とかけ離れない?

これは一例だけど、家庭の年収によって支給決めて、且つ個々の家庭に支給せず、書類提出と事務処理は必要になるだろうけど、学校側に該当者分の金額を支給するのが無駄金にならないんじゃないの?
事務処理必要っても、大学なんかで合格者+奨学金手続き、寄付金処理なんか今でもやってるんだから、突拍子もなく見当つかない作業ではあるまい。


我々は変わらなくちゃいけないってのが本論だけど、実際問題、
「直接手を下すのは政治家」だ。
その政治家を、期待を込めて選んだのが我々。
だからこそ、

変えるのはお前だ!


と、言いたい。

最後にこういう事が掲示板で書かれていた。↓
妥当かどうかは分からない。

続きを読む
ラベル:政治 選挙
posted by 葉山猫 at 10:55| ☔| Comment(0) | TrackBack(1) | 日々雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月09日

はったり

gremz発芽33日目

酒井法子は・・・がっかりだ。
若干の好感を持っていた。

旦那が捕まって行方不明になって、子供連れなら無茶はしないだろう、しないでくれと思っていた。
捜索願を出したという報道後もこんなにメディアが騒いだら出にくくなるじゃないのか、とも心配していた。

押尾学は・・・論外。


ただこれらの報道を見ていて、思った事がある。

酒井法子が夫が捕まった時に警察に言ったという内容。
押尾語録?とか言われるようなつっぱった言動。

人間、弱い者ほど攻撃的になるのではないのか。

弱い犬ほどよく吼える

とは昔の人はうまい例えを考えるものだな、と今更ながら感心する。


心に鬱屈を溜めてる者
何かにコンプレックスを持っている者
誰かに何かを認めてもらいたい者
弱みや己の誤りを見られたと思った者
自分は相手にとって特別なはずと感じている者

自分では意識してなくても、↑のような気持ちが自分の中にある時、手近にいる人、たまたま接触した人間に鬱憤をぶつけるんだろうな・・・


「自分は普段はこんな事はしない言わない」
と言う(考える)ほど、既に術中にはまってるのかも知れない。

「自分は普段はこんな事はしないし言わない!アンタがこんな事を言うからだ!こんな事をするからだ!」

自分の行動を人のせいにしたら

もうこの罠に嵌ってると思おう。



最近とても不安に思っている事がある。
加えて、上に書いたような部分を自分自身でやってしまったなと思った時があって、心に落ち着きがない。
私は弱い人間だな。


posted by 葉山猫 at 13:09| ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | 日々雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月07日

裁判員

二本目の木放置してgremz発芽31日目(゜▽゜;)

とうとう裁判員制度を導入した裁判が行われた。

概ね高評価なのであろうか。


テレビでのインタビュー等を聞いているといろいろな意見があるなぁ、と思いつつ突っ込んでみたりしている。

「裁判員制度は憲法で保障されている信条・宗教の自由に反する!」
憲法
第11条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。
 
第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ

「人が人を裁いて良いものだろうか」
常に人は人を裁いているのではないだろうか。
日常的に。
『あれをしてはいけない、これをしちゃぁいけないよ。それはしないでね』
もししたら、
『あの人とは、もう付き合うのはやめよう』
『あの人に今度からはこういう事を言うのは(頼むのは)、よそう』
『こういう事をするのなら、次はされないようにこういうようにルールを決めよう』
『宿題しないなら夏休みどこも連れて行かないよ!』
『弟をいじめちゃいけないって言ってるのに又したのね!、ゲームさせないよっ』

私には裁判と言っても、↑の延長上にあるものとしか思えない。
人のモノを盗むな、人を傷つけるな、人を殺すな、というものは、日常的な生活上のルールという点で、〜しないでね、の究極のもの、と言うに過ぎないのではないのか。

人が人を裁く。
太古の昔から日常的に誰でもやっている事だとしか私には思えない。

「既に(裁判官とか)プロがいるのだからプロに任せたい」
裁判官や検察官、弁護士は自分が希望してなった人だから選ばれた裁判員と違う、という論法なのだろうか。
自分がやりたくないことを進んでやってくれる人がいてその人に任せたい、と言うのなら、下された判決に不服を言うな、と言いたくなる。
いや、それよりも、本来は共同生活者全員で考えなければならない事をやりたくないという理由だけで人に任せたい、という考えにどうしても違和感を感じる。

多分、この「本来は共同生活者全員で考えなければならない事」って部分が意見が食い違う元なんだろうなぁ・・・
自分の大事な人が被害に「まだ」あってなければ、他人の事だから自分には関係ない、だからやりたくない事をやらせるな!なのだろうか。
今度自分の大事な人が殺されたら考えてみる、なのだろうか?
その場合も、自分はしたくない、どんな罰与えていいか分からない、な事を生きてくうちで押し通すなら、自分の家族が横恋慕されて殺されても「どんな罰を与えて良いか分かりませんし、自分がこの人を裁く権利はないと思うので、どなたかが無罪にしてもかまいません」と言うのだろうか?

「(今回の裁判で言えば)被害者の事を考えれば許せないと思うが、被告の『がまんできなかった』という気持ちを聞かされると年配になると若い時と許せる許せないの尺度が変わるし、自分の考えの尺度をどこにおけばいいか分からない」
ご自分の気持ちに素直になれば良いと思う。
どんな殺人犯(他の罪でも)だって、その人なりの言い分があるだろう。

腹が立った。
子供を作るつもりがなかった。だから冬場に自転車の荷かごに生まれたばかりの赤子を捨てた。
友だちと遊びたくて金が欲しかった。金を盗もうと思ってバッグをひったくったら、相手が転んで勝手に死んでしまった。
お母さんに抱かれたいと思って(赤の他人に)抱きついたら抵抗されたので、もみ合ってたら手が偶然にあたって首を絞めてしまった。
好きだと言ったのに、付き合ってくれって俺が(私が)言ったのに気持ちを分かってもらえなかった。だから殺した。


こんなのをいちいちどこまで斟酌したらいいのか、とか思わなくて良いと思う。
自分が感じた通りに意見を言えばいい。

最初は許せないと思ったけど、被告の話を聞いたら同情を禁じえなかった、も有りだ。
逆に、最初はただの過失かと思っていたらどうもそうじゃないね。普段から酒酔い運転してたのか、常習犯じゃないか(だから今後も改善されないかも知れない)、も有りだろう。

不特定多数(にしちゃ6名は少ないが)のその時代の一般的な人の感覚で裁くのが筋だろう。

昔は不義密通は二枚に重ねてぶった切って良し!とか、一族連座制の死刑もあった。
今は到底受け入れられないだろう。

ルールに従うのと、ルールに縛られるのは違う。

もし裁判員の多数の感覚と現状の法が合わなかったら法改正すべき。
そういう思惑もあるのではないのか?
今回の裁判員制度導入は?

今回の裁判も、心底被告に同情できたのであれば、その意見を言えばいい。
だけど相手の言い分を、無理やり自分の心を捻じ曲げてでも受け入れようとするのは違うと思う。

過去のニュースでも、生活保護受給の相談が行き違って(不充分で)生活を悲観した年配の息子さんが年老いた車椅子の母親を殺した事件も結果としては執行猶予がついた。
その執行猶予をつけた、という部分が、今を生きている人間が判断を下す最大の理由ではないのか
息子さんの大事にしたかった母親を手にかけるしかなかった気持ち、そういう状況に至った息子さんの生活状況、犯行後の後悔、悲しみがそのまま「プロ」の人達の心にも伝わったから、あの判決になったのではないのか。


もし「人が人を裁いて良いのか」「どちらの立場をどこまで斟酌して良いのか分からない」と言うのを真面目に対応しようとするのであれば、コンピュータとかに任せるしかなくなる。

被害者が死ぬまでの時間や、傷の深さ、殺され方の苦痛を数値化して、値△以上▲未満は何々、▲以上●未満は何々・・・・
被告に養わなければならない子供何歳が何人いたら、上記ポイントからマイナス何ポイント、とかね・・・
な〜んて言っても、結局その規範を定義するのは人間なのだから、人が人を裁いて良いのか!なんて言ってたら、ほんと何もできなくなるぞ?
それこそ無法地帯。
それとも「神様、仏様」を召喚してくれるとでも言うのか。
何をうすら寝ぼけた事を言ってるんだぃ、と言いたくなる。

人間の「プロ」に任せたい、って言ったって、司法試験の合格通知を見た瞬間に「神様」から「人を裁いて良し!」というお墨付きを天から貰うわけでなし。
絶対的な存在の神(がいるとして)が下した判断だって、自分の感情にぴったり来なかったら不満を持つのが人間だ。
0か1かではなく、情状酌量したいと思うからこそ感情を持つ人間のバランス感覚に期待と判断をおくしかないのだろう?
素直に想像できる部分と無理やり自分に強いなければ想像できない部分。
「確かにもし〜〜だったら、そう思ったかも知れないけど・・・」
の『けど』の部分が大事なのではないか?


裁判員に女性が多かったら云々とか若い人が多かったら云々も、一般的国民から選抜された裁判員なのだから、その人達の感覚に従うべきじゃないのか、と思う。

こう考えるので裁判員6名ってのは少ないと思うんだけどね。
映画じゃないが12人位はいていいんじゃないか?

又、今回検察がCGを使って裁判員に分かりやすく資料を整えていた。
それは費用がかかるから被告側が(特に経済的に余裕がない被告)は不利になるのじゃないか、と言う意見もどこかの番組で言っていたが、本当に被告に同情するべき点があったら、それは自ずと顕れるのではないのか、と私は思う・・・

ここで問題にしているのは、あくまでも罪を犯しているのが確定の場合だけどね。
なので物的証拠をどう捉えるか、被告の心情がそれにどう顕れるかはここぞ、という場面だけ絵(静止画でも)に出すとか工夫が必要になってくるね。
(例えばすぐ後悔したので被害者の手を胸の上で組ませた、とかは絵で見る方が説得力はある)

帰宅途中の女性をビニールハウスに連れ込んで強姦して殺した事件で、逮捕された複数の(当時)少年達が冤罪を叫んでいるような事件は、被告側の資料整理能力やアッピールする能力が問題になるだろうが。

国選だろうがなんだろうが、本来の腕が試される、という事だ。
確かに自分の時に腕の悪いのに弁護されたらたまったもんじゃないけど。
国選弁護士って自分の都合で交代してもらう事って可能なんだっけか?


つくづく思うのだが、裁判員制度を取り入れて長い歴史がある地域(国)の良い点や悪い点をよく考察してスタートさせているのだろうか?
そう信じたいのだが。


最後に遺族(被害者、及びその家族)の負担がすごい、とあるが、冷たい言い方だけどしょうがない、と思う。
追い討ちをかけるのかと言われるが、ふんばって欲しい、と思う。

ただ私が危惧するのは強姦事件などで、ア●ウな裁判員が混ざっていて好奇心じみた質問をしたり、その被害者の噂をしないだろうか、だ。
つきまとったり、個人情報がネットなんかに漏れたり、何か詐欺まがいの事をしたりしたら、思いっきり厳罰(執行猶予なしで懲役とか!すごい罰金刑とか!)を与えて欲しい。

裁判員が判決が出るまでは他言無用ってのは賛成だが、判決が出た後では自身の感想や流れを発表するのは良いと思う。
問題があらわになるかも知れないし。
なので概ね今のルールでいいのかな。
だけど、後で自分が無罪有罪のどっちを支持したかは自己責任で言っても良い気がするけどね・・・
(それで報復受けても自己責任)


だらだら書いちゃったけどご勘弁<(_ _)>



posted by 葉山猫 at 19:15| ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。