2009年08月07日

裁判員

二本目の木放置してgremz発芽31日目(゜▽゜;)

とうとう裁判員制度を導入した裁判が行われた。

概ね高評価なのであろうか。


テレビでのインタビュー等を聞いているといろいろな意見があるなぁ、と思いつつ突っ込んでみたりしている。

「裁判員制度は憲法で保障されている信条・宗教の自由に反する!」
憲法
第11条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。
 
第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ

「人が人を裁いて良いものだろうか」
常に人は人を裁いているのではないだろうか。
日常的に。
『あれをしてはいけない、これをしちゃぁいけないよ。それはしないでね』
もししたら、
『あの人とは、もう付き合うのはやめよう』
『あの人に今度からはこういう事を言うのは(頼むのは)、よそう』
『こういう事をするのなら、次はされないようにこういうようにルールを決めよう』
『宿題しないなら夏休みどこも連れて行かないよ!』
『弟をいじめちゃいけないって言ってるのに又したのね!、ゲームさせないよっ』

私には裁判と言っても、↑の延長上にあるものとしか思えない。
人のモノを盗むな、人を傷つけるな、人を殺すな、というものは、日常的な生活上のルールという点で、〜しないでね、の究極のもの、と言うに過ぎないのではないのか。

人が人を裁く。
太古の昔から日常的に誰でもやっている事だとしか私には思えない。

「既に(裁判官とか)プロがいるのだからプロに任せたい」
裁判官や検察官、弁護士は自分が希望してなった人だから選ばれた裁判員と違う、という論法なのだろうか。
自分がやりたくないことを進んでやってくれる人がいてその人に任せたい、と言うのなら、下された判決に不服を言うな、と言いたくなる。
いや、それよりも、本来は共同生活者全員で考えなければならない事をやりたくないという理由だけで人に任せたい、という考えにどうしても違和感を感じる。

多分、この「本来は共同生活者全員で考えなければならない事」って部分が意見が食い違う元なんだろうなぁ・・・
自分の大事な人が被害に「まだ」あってなければ、他人の事だから自分には関係ない、だからやりたくない事をやらせるな!なのだろうか。
今度自分の大事な人が殺されたら考えてみる、なのだろうか?
その場合も、自分はしたくない、どんな罰与えていいか分からない、な事を生きてくうちで押し通すなら、自分の家族が横恋慕されて殺されても「どんな罰を与えて良いか分かりませんし、自分がこの人を裁く権利はないと思うので、どなたかが無罪にしてもかまいません」と言うのだろうか?

「(今回の裁判で言えば)被害者の事を考えれば許せないと思うが、被告の『がまんできなかった』という気持ちを聞かされると年配になると若い時と許せる許せないの尺度が変わるし、自分の考えの尺度をどこにおけばいいか分からない」
ご自分の気持ちに素直になれば良いと思う。
どんな殺人犯(他の罪でも)だって、その人なりの言い分があるだろう。

腹が立った。
子供を作るつもりがなかった。だから冬場に自転車の荷かごに生まれたばかりの赤子を捨てた。
友だちと遊びたくて金が欲しかった。金を盗もうと思ってバッグをひったくったら、相手が転んで勝手に死んでしまった。
お母さんに抱かれたいと思って(赤の他人に)抱きついたら抵抗されたので、もみ合ってたら手が偶然にあたって首を絞めてしまった。
好きだと言ったのに、付き合ってくれって俺が(私が)言ったのに気持ちを分かってもらえなかった。だから殺した。


こんなのをいちいちどこまで斟酌したらいいのか、とか思わなくて良いと思う。
自分が感じた通りに意見を言えばいい。

最初は許せないと思ったけど、被告の話を聞いたら同情を禁じえなかった、も有りだ。
逆に、最初はただの過失かと思っていたらどうもそうじゃないね。普段から酒酔い運転してたのか、常習犯じゃないか(だから今後も改善されないかも知れない)、も有りだろう。

不特定多数(にしちゃ6名は少ないが)のその時代の一般的な人の感覚で裁くのが筋だろう。

昔は不義密通は二枚に重ねてぶった切って良し!とか、一族連座制の死刑もあった。
今は到底受け入れられないだろう。

ルールに従うのと、ルールに縛られるのは違う。

もし裁判員の多数の感覚と現状の法が合わなかったら法改正すべき。
そういう思惑もあるのではないのか?
今回の裁判員制度導入は?

今回の裁判も、心底被告に同情できたのであれば、その意見を言えばいい。
だけど相手の言い分を、無理やり自分の心を捻じ曲げてでも受け入れようとするのは違うと思う。

過去のニュースでも、生活保護受給の相談が行き違って(不充分で)生活を悲観した年配の息子さんが年老いた車椅子の母親を殺した事件も結果としては執行猶予がついた。
その執行猶予をつけた、という部分が、今を生きている人間が判断を下す最大の理由ではないのか
息子さんの大事にしたかった母親を手にかけるしかなかった気持ち、そういう状況に至った息子さんの生活状況、犯行後の後悔、悲しみがそのまま「プロ」の人達の心にも伝わったから、あの判決になったのではないのか。


もし「人が人を裁いて良いのか」「どちらの立場をどこまで斟酌して良いのか分からない」と言うのを真面目に対応しようとするのであれば、コンピュータとかに任せるしかなくなる。

被害者が死ぬまでの時間や、傷の深さ、殺され方の苦痛を数値化して、値△以上▲未満は何々、▲以上●未満は何々・・・・
被告に養わなければならない子供何歳が何人いたら、上記ポイントからマイナス何ポイント、とかね・・・
な〜んて言っても、結局その規範を定義するのは人間なのだから、人が人を裁いて良いのか!なんて言ってたら、ほんと何もできなくなるぞ?
それこそ無法地帯。
それとも「神様、仏様」を召喚してくれるとでも言うのか。
何をうすら寝ぼけた事を言ってるんだぃ、と言いたくなる。

人間の「プロ」に任せたい、って言ったって、司法試験の合格通知を見た瞬間に「神様」から「人を裁いて良し!」というお墨付きを天から貰うわけでなし。
絶対的な存在の神(がいるとして)が下した判断だって、自分の感情にぴったり来なかったら不満を持つのが人間だ。
0か1かではなく、情状酌量したいと思うからこそ感情を持つ人間のバランス感覚に期待と判断をおくしかないのだろう?
素直に想像できる部分と無理やり自分に強いなければ想像できない部分。
「確かにもし〜〜だったら、そう思ったかも知れないけど・・・」
の『けど』の部分が大事なのではないか?


裁判員に女性が多かったら云々とか若い人が多かったら云々も、一般的国民から選抜された裁判員なのだから、その人達の感覚に従うべきじゃないのか、と思う。

こう考えるので裁判員6名ってのは少ないと思うんだけどね。
映画じゃないが12人位はいていいんじゃないか?

又、今回検察がCGを使って裁判員に分かりやすく資料を整えていた。
それは費用がかかるから被告側が(特に経済的に余裕がない被告)は不利になるのじゃないか、と言う意見もどこかの番組で言っていたが、本当に被告に同情するべき点があったら、それは自ずと顕れるのではないのか、と私は思う・・・

ここで問題にしているのは、あくまでも罪を犯しているのが確定の場合だけどね。
なので物的証拠をどう捉えるか、被告の心情がそれにどう顕れるかはここぞ、という場面だけ絵(静止画でも)に出すとか工夫が必要になってくるね。
(例えばすぐ後悔したので被害者の手を胸の上で組ませた、とかは絵で見る方が説得力はある)

帰宅途中の女性をビニールハウスに連れ込んで強姦して殺した事件で、逮捕された複数の(当時)少年達が冤罪を叫んでいるような事件は、被告側の資料整理能力やアッピールする能力が問題になるだろうが。

国選だろうがなんだろうが、本来の腕が試される、という事だ。
確かに自分の時に腕の悪いのに弁護されたらたまったもんじゃないけど。
国選弁護士って自分の都合で交代してもらう事って可能なんだっけか?


つくづく思うのだが、裁判員制度を取り入れて長い歴史がある地域(国)の良い点や悪い点をよく考察してスタートさせているのだろうか?
そう信じたいのだが。


最後に遺族(被害者、及びその家族)の負担がすごい、とあるが、冷たい言い方だけどしょうがない、と思う。
追い討ちをかけるのかと言われるが、ふんばって欲しい、と思う。

ただ私が危惧するのは強姦事件などで、ア●ウな裁判員が混ざっていて好奇心じみた質問をしたり、その被害者の噂をしないだろうか、だ。
つきまとったり、個人情報がネットなんかに漏れたり、何か詐欺まがいの事をしたりしたら、思いっきり厳罰(執行猶予なしで懲役とか!すごい罰金刑とか!)を与えて欲しい。

裁判員が判決が出るまでは他言無用ってのは賛成だが、判決が出た後では自身の感想や流れを発表するのは良いと思う。
問題があらわになるかも知れないし。
なので概ね今のルールでいいのかな。
だけど、後で自分が無罪有罪のどっちを支持したかは自己責任で言っても良い気がするけどね・・・
(それで報復受けても自己責任)


だらだら書いちゃったけどご勘弁<(_ _)>





posted by 葉山猫 at 19:15| ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
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Posted by 高額アルバイト at 2009年09月26日 12:51
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