2006年06月21日

私が裁判官だったら

判決文

人は皆、より快適に人生を過ごせるよう努力する権利が認められている。

これは他人より多くの、という事ではなく、まして他人と比べるのではなく、自分自身が足りるを知って満足して過ごせるかどうかの問題である。

同じく動物も昆虫も鳥類も魚類も両生類も植物も皆、おのれの生を守るため、家族の生を守るため、食物を得るため、子孫を残すために努力している。

ただ、人類と他の生物と異なるのは人類には、理性があるという点である。



太古の昔、人類の祖先が地球上で生活し始めた時も、自分達の生を守るため、子孫を残すための努力と戦いがあった事と思う。
当然の事ながら、動物の世界と同じく、力の強い者、弱い者の間で自然淘汰も起きた事と思う。

だが、人類が理性を持ち始めた頃、集団生活の中でのルールと言うものが出来始めたという事は想像に難くない。

なぜならば、理性というものは表裏一体で、他の個体より目先が利くもの、賢いものは、己の才を駆使し、己の生をより快適にしようと努力することも又想像に難くないからである。

そしてルールがなければ、力が強い者と共々、他を騙す者、陥れる者、傷つける者、暴力によって搾取する者が出現することも悲しい事に想像に難くない。

だが人類に理性が芽生えた時と同じくしてルールも出来始めたと私は信じている。

さきほど、人類と他の生物との違いは理性だと言ったが、もう一つ違うものがあると私は思っている。

それは、哀れみである。
動物にも愛はある、悲しみもある。怒りもあるであろう。

ここで言う哀れみとは、他を貶める意味での哀れみではなく、思いやりという言葉に置き換えられるものである。
これによって、力の弱いもの、身体が弱いもの、年取ったもの、幼きもの、そして性別に関わりなく、等しく快適な生を得られるよう、少なくとも他から予期せぬ、又形の有る無しに関わらず、暴力によって搾取される事がないようルールが定められたのだと私は思う。

そして、このルールは人類と地球と地球上にある全てのものが歩みを止めない限り、日々変化し進化していくものだとも私は思っている。

従って、ルールに人間を合わせるのではなく、今生きている人間と時代背景、生活環境に合わせてルールを解釈するものだと私は信じる。


幼きものでも充分な判断力を備えた者もいるし、年を重ねていても充分に結果を予測する事ができず、悪意の有る無しに関わらず、他を傷つけるものが居るのは残念な事ながら事実であると言わざるを得ない。

又何歳をもって成人とするかどうかは、国々の事情によって異なっている事実もあるので、成人が持っているとされる判断力というものは尚更に個人によるものだと思われる。
ただし、日本国では刑法上18歳を持って成人とみなされる事は事実である。
18歳であろうが、100歳であろうが、日本国の刑法上では等しく成人である。

故に、どのような事をすれば肉体的精神的に人を傷つけることができるか、生を奪うことになるかの知識と判断力を持っている上で、自分自身の意思で他者を傷つけたものはその責任を取らなければならない事は日本国の刑法上明白である。

本件においては、充分な判断力があるにも関わらず、相手が嫌がることを強要し、己の欲望を満たす事のみを追求し、そのために相手の生を奪い、欲望を満たし、尚且つ欲望を満たした後においても、自分の意思を泣く事でしか表現できない生後11ヶ月の幼児を泣き止まないという理由のみで殺害したのは、人間たらしめる理性も哀れみも持たないと言わざるを得ない。

さらに何年もたってから、後悔の念を起こしても、二度と同じ過ちを犯さないと誓っても、自分が行った事柄を時を遡って訂正することはできない。
亡くなった二人は生を取り戻すことはできないのである。
そして、自分の行った事の責任は取らなければならない。

よってここに被告に対し、極刑を宣告する。






正確な知識もなく書いた文です。
(後で訂正いれるかも・・・)

うーん・・・
書いているときから思っていたけど、実際には動物には、「思いやり」あると思うのね。
時々、動けなくなった仲間とかになんらかの行動起こしている場面や狩りに行けなくなった仲間にえさ運んでくる動物もいるものね・・・
本当は動物にないのは他者を貶める哀れみなんだよね・・・
うまい言葉が見つからなかったので、上に書いたような書き方になっちゃった・・・(がっくり
あぁ・・・考えてみれば、動物にも集団でのルールってあるわね・・・(大がっくり・・・



実際の判決は、もっと重い刑が妥当であろう、という意味の最高裁の意思表示だと信じてとりあえずは・・・よしとするしかないのか・・・
ご家族お知り合いの苦しみ、悲しみはまだ続くのね・・・
判決が最終的にご遺族の希望通りになっても続くけど・・・

あぁ又ニュースネタを書いてしまった・・・

極刑に関する私の考えはこちら。
極刑

2006/6/23 追記

素朴な疑問


ラベル:犯罪
posted by 葉山猫 at 00:30| 🌁| Comment(1) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
自分で自分にコメントー

うわー・・・

今TVで犯人の父親の話を聞いた・・・

やっぱり、子供っていうのは学校、教師よりも親の問題だよ・・・

「最初はこいつがこんな事さえしなければ、と思った。でも今はあいつの更正を信じられる」?
「「罪を憎んで人を憎まず」っていう言葉がある」だって?
「死刑にしたら、命を取ったらもうお終いって事じゃないですか」だって?
「最高裁が差し戻しって事は、もう死刑しかないって事じゃないですか」だって?
「よく考えて欲しい」?
「本村さんはセックスしか目的でなかったっていっているが本当にそうなのか」だって?
「親に何ができるっていうんですか。謝ることしかできないじゃないですか。その機会はありませんでした」だって?

他にも何か言っていたけど、
信じられない。

こういう親だったから、こういう息子が出来たんだよ。

聞けば、本村さんと父親は同じ会社だったっていう。
会社を辞めざるを得なくなり、犯人の弟は家を出、祖母は心労で?亡くなったという。母親は犯人が中学の頃に自殺なさったという。

上記「「最初はこいつさえこんな事をしなければ」と思った」、というが、確かにそう思う気持ちが沸き起こるのも否定しないが、自分の不幸を思う前に、相手に対し「なんでこんな事をしたのか」という思い、相手に対する申し訳なさ、このような子供に育ててしまった己の失敗、このような子供を世間に野放しにしてしまった事の世間への申し訳なさ、など等が先に来ないか? これらの気持ちが自分の不幸を思う気持ちに勝らないかい??
「申し訳ない」「どのように償ってよいか分からない」って気持ちが前(全)面に来ないか?

自分の事しか思ってない・・・この父親・・・

「命を取ったらそれでもうお終いなんですから」だって?
それをしたのはお前の息子なんだと!
それも2人!

「罪を憎んで云々」?
それは、罪を犯したのは事実だが、それに至る経緯が同情を得るモノがあった場合だよ!

「セックスしか動機がなかったのか」だって?
セックスしかないだろう!!
死姦までしているのだから!(この言葉は使いたくなかった。ご遺族ごめんなさい!)
母親に甘えたい気持ちがあったとか、バ○弁護士が言うように、「手がすべって首絞めちゃったんです〜だから殺害意思はなかったんです〜」とか、そんなだったら、死姦はせんだろう!!!
相手をモノとしか見てないじゃないか。
まぁ、自分のセックス願望を見ず知らずの人間に対してその人の意志にかまわずに押し付けようとした段階で、もうモノ扱いしているけどね。

「謝る機会がなかった」?
同じ会社だっただろう?
住所わかるだろう?
道で待ち伏せして土下座して謝る機会はあっただろう?

これは非常に危険な言い方だけど、犯人の母親が自殺したのも何が原因だったんだろう?
って思ってしまうね・・・
Posted by 葉山猫 at 2006年06月21日 13:45
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