2007年02月08日

天気晴朗

今日の記事はかんっぺきに独り言です。


明後日は相方のお父さんの一周忌の法事である。

私の父が逝って、その3年後に相方の父が逝って・・・


同い年だったのだが、亡くなった時期がそう離れていないので、言葉には表せないが、何かいわく言い難い思いがある。



私も相方も長子。

籍をいれ、お披露目する姿を見せることが出来なかった。


親不孝だったなぁ。



思い返しても思い返しても取り戻せない。



元気な頃は、喧嘩が多かった。
母に言わせると
「あなたとお父さんの性格はそっくり!!!」

だったそうだが・・・


お父さんごめんね。
お父さん、又話したいよ。
お義父さん、ごめんなさい。
ちゃんと家族の一員としてお話したかった。

お義母さんが
「うちのお父さんが、『○○ちゃん(私)のお父さんとは気が合いそうだな。』
と言っていたのよね。」

とお正月にポロッと言った。


固まってしまった。
失敗したと思った。
取り返しがつかないと思った。

お義父さんにもお父さんにも申し訳ない事をしたと思った。
二人から、楽しめたひと時を奪ってしまったと思った。
二人とも釣り好きだったしね・・・


相方と知り合ったのは、もう18年前。
付き合っては別れを繰り返した日々。
挙式予定2ヶ月前に大喧嘩をして最後の大別れをした時。
婚約破棄はもちろん双方の親に伝えられた。
その時はもちろん二人とも健在だった。
二人とも癌の存在もなかった。
あの時結婚していれば、子供は生めただろう。
かなり高齢出産だったけれども。

悔やんでも悔やんでも取り戻すことはできない。
でもその時は最善だと思ってたから、今の気持ちを持って時を遡らない限り、同じ事をするだろう。


癌研の受付でなりふりかまわず泣いて頼んで診察を請うた日。
「お父さん、治るのかな」と父に言われ、「治るよ!」と言って、何十年ぶりかに父の手を黙って握り締めた日。
生まれて初めて聞いた父の弱気な言葉。

相方のお父さん(転移した肺癌)は、昨日自宅に来るはずだった酸素ボンベが今日届くというまさにその日の朝に、食卓から立ち上がろうとして呼吸困難になって、そのまま逝ってしまった・・・
病院へ搬送される間も意識はあって、家族の誰もその数時間後に亡くなるとは思っていなかった。


あぁ。
神よ自然よ
太古からの不変の理ではあるけれど、
誰でも経験することだけど、
切なさがこみ上げる。




いい年して私はこんなにも親離れしてなかったのだろうか、と思ったあまりにも天気晴朗な日。


posted by 葉山猫 at 14:07| ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。