2015年09月13日

最近の芸人

こんな記事があった。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150912-00010004-mediagong-ent
追記に記事をコピーしておく。

いつの頃からか、素人が参加する番組が皆無になった気がする。
最近クイズ番組全盛のような感があるが、素人が参加する番組はない。
NHKで昼間やっていた気もするがいつのまにかなくなったのかな?
やっていた時も勝ち抜きしても賞品、賞金はなかったようだけど。

クイズ自体はためになるし、見てて頭の体操になるので好きである。
だけど、賞金を目指そう!オーッ!的な発言を聞くと、「君らいい収入を得ているのだから、こんな芸能人?を出さずに素人を出せよ!」とか言いたくなる時がある。

一時ほど、おバカを売りにする芸ノー人全盛ではなくなったが、それでも結構生き残っている。
又逆に、本業で鳴かず飛ばずだった芸人が、クイズ番組で脚光を浴びていたりする。

なんかおかしくないか?

ロダンロザンの宇治原(字あってるかな?調べる気も起きない)も、クイズ番組では偉そうな感じだけど、アンタのコントだか漫才だかは聞いた事がない。
そう言えば、クイズの答え以外のコメントも面白くない。

アナウンサーだとか、元アナウンサーだとかもクイズ番組に出ているが、女性が出る場合、なんで紹介テロップに旦那の職業を出す必要があるのか?
男性出演者の奥さんの肩書がテロップに出る事はないのに。

せめて、以前あった、全国勝ち抜き戦の高校生チーム対抗のクイズ大会くらいは毎年やってて欲しい。
あれはすごく良かったのではないか?

アメリカ縦断とか、段々舞台や経費がおおがかり、高額になったから止めたのか?
日本国内だけでいいよ。
それでも充分良いイベントになるよ。

学校での学習もさる事ながら、学校のカリキュラムの枠を超えた知識を習得するモチベになったんじゃないの?
これからの未来を担う人材のやる気を掘り起こすいい機会だったと思うんだけどなぁ。

クイズ番組以外では・・・

所ジョージの番組のダーツの旅コーナーが大好きだが、以前所ジョージ自身がダーツの旅に出た回を見たが、嫌な感じだった。
所ジョージがMCをする番組は好きなものばかりだけど、この旅に関してはサービス精神がないと言うか、上から目線と言うか。
要は謙虚さがなかった。
元々この人は媚びないヒトだからこういう風になるしかないんだろうな、と思うけど、やっぱり素人、というか一般人に対する時は、普通に礼儀をわきまえて欲しいと思う。

見るに堪えないのは千原兄弟だ。
特に兄。
なんであんなにエラソウなの?
自分よりものすごく年上であろうが、目上(国で表彰されるような業績を残している)の方の前であろうが、脚を崩してふんぞり返って座っている。
滅茶苦茶気分が悪くなる。

弟もNHKに出ていて驚きである。
まぁさすがに?民法よりかは態度がえらそうではないが。


紳助竜介の漫才はあまり好みでなかったが、紳助は司会の才能はあったと思う。
ただ冠番組では自身のうんちくをひけらかすのが鼻につく時があったが。
でも彼が姿を消してから、どこの番組でも小粒、良く言っても中粒程度の芸人が司会やったりMCやったりするばかり。
大粒で残っているのはタモリ、タケシくらいか。
さんまは大嫌いだし。

随分昔に「一億総バカ」みたいなタイトルの本がブームになったが、最近のお笑いや番組は他人を貶す、素人を「いじって失笑を誘う」「バカをひけらかす」事ばかりでないか?

こういうのばかりが身近にあると、視聴者、つまり一般人の日常でも同じ事をやるのではないか?
特に子供に与える影響はバカにできないのでは?
ちょっとした失策をあげつらう、大げさに吹聴する、バカをあざ笑う・・・

そして、笑われたくないから、人と同じ事をする、もしくは開き直って人と異なる事を是とする。
そんな事で異なるなよ、と言いたくなるような事で。

水は低きに流れる。

いじめも仕事における責任感の無い人間が増えているのも、変な犯罪が目に付くのも、日々身近にある情報や人への接し方が片寄っているからではないのか?

なんて思ってしまう、秋の丑三つ時。

 

高橋正嘉[TBS「時事放談」プロデューサー]


「素人をいじる」という言葉が最近使われる。いつからこんな言葉が使われだしたのか分からない。

素人が出演する番組は昔からたくさんあった。しかし、素人参加のクイズでも、歌番組に素人が出ても「いじる」という言い方はしなかった。
ステージに素人を上げてやり取りをするようなイメージなのだろうか。本来「いじる」は芸人の未熟なものを相手にするようなことを言ったように思う。

それがいつの間にか素人まで対象を広げていった。芸人のほうが町に出て素人を相手にするようになり、それも「いじる」という言葉で表現するようになった。

素人は芸人予備軍なのだろうか?

ノンフィクションの番組にとって、素人は重要な登場人物だ。世間を被写体にしようとしているわけだから。そこには結構面白いことが起こっている、面白い人がいる、不思議なことがある、というような狙いがある。芸人のトークを楽しもうというものとは違う。

素人という呼び名で呼ぶのは「プロにはなれていない」ということなのだろうが、素人は別に芸を求めているわけではないだろう。

逆に「その道の熟達者」といって良いような人がいると俄然面白くなる。「その道」とは、難しい技を持っているというような人ばかりではない。小学生には小学生、幼稚園児には幼稚園児の道がある。本当に心配したり、喜んだり、ほっとしたりする表情は芸人にはまねできない。

結婚したばかりの夫婦には光り輝く瞬間がある。子を見守る親には他に変えられない、愛情が感じられる時がある。それを見つけられれば、こんな素敵な被写体は無い。ある瞬間に輝く人だ。

だから、面白そうな人を見つけても、毎週出そうというのは無理なのだ。

この辺をうまく使っている番組がある。日本テレビが多いような気がする。「一億人の大質問!笑ってコラえて!」や「はじめてのおつかい」には光り輝く瞬間がある。

たぶん「いじっている」のではないのだろう。ステージに上げようとしているのではなく、探しに行く。そしてその苦労をいとわない。その瞬間を待っている。

結果、素人の個性をうまく引き出している番組は長続きする。ステージに上げるような番組がすべてだめだといっているわけではない、難しいのだ。そんな話術を持っている人はそれ程いない。

以前、100歳の人たちだけを取材した番組があった。元気な人だけを取材したものだが、これが面白い。70歳を越えた息子に対して百歳の母さんは、まだ小言を言う。

 「まだ、こんなことも出来ないのだから」

息子は子供のように母の言葉に従う。70歳過ぎの子供は脚立に乗って、片付け物を粛々とやる。

タバコ屋の店番をしている100歳は、横文字の名前が分からなくなっている。客が横文字の銘柄を言うと、知っている日本文字のタバコの名前を言ってみるが、客は「違う」と言う。客は横文字の名前を済まなそうに何度も言う。これが繰り返される。だが誰も店番が悪いなどとは言わない。100歳は町内の人気者だ。

「いじる」必要はない。その瞬間を待てば良い。その瞬間を作ればよい。そこにノンフィクションの醍醐味がある。

高橋正嘉[TBS「時事放談」プロデューサー]
posted by 葉山猫 at 02:49| 神奈川 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日々雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
テスト
Posted by 葉山猫 at 2015年09月15日 12:17
悪徳不動産屋さん家に居候してたら、こちらに辿り着けなくなってました。
【葉山の密林】と云うブログ名すら忘れていたのですm(_ _)mごめんなさい

これからコメント書いて逆走しても良いでしょうか?
Posted by 街のクマ at 2015年10月03日 01:58
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