2017年04月12日

後悔

母が亡くなった。
2017年x月x日午前02:20

いろいろ書きたい事はあるが、会葬の御礼で読み上げた文を残しておきたいと思った。
ちょっと普通と違うと思うけど、母〇〇と言う一人の人間が生きていた事を少しでも残しておきたかったから。

実際は高齢の、社会で働いていた男性ならいざ知らず、その夫も亡くなって久しい場合、専業主婦だった女性の告別式には何人も弔問客は来ない。
本当はせめて近所の人達に知って欲しかったのだが、読み上げる場には親族ばかり。(^^;)
それでも多分婚家の親族は知らない事もあったであろうと思いたい。

と、精一杯書いた追悼文だったが、通夜振る舞い精進落しの席で早速母の弟の叔父からいろいろ補足、訂正を聞かされた。(^^;)
又生まれた地を知りたかったのだが、それこそ見つけたメモを読んだら書いてあった。
いかに子供が親の事を知ってないか、と言う事をはからずも体現してしまった。

やらなくちゃいけない事がいっぱいあるのだが、1日1つしたら大仕事をしたような気分になる。
こんな駄文を書いて現実逃避している。
頭では分かっていても心が追いついていないような気分。


お母さん、こんなに急だとは思わなかった。
ごめんなさい。


-------------
遺族を代表いたしまして、皆さまにご挨拶を申し上げます。
私は、故人〇〇〇〇と、13年前に他界した〇〇〇〇の長女、〇〇〇と申します。こちらに妹の〇〇〇がおります。

本日は、ご多用にもかかわらず、ご会葬・ご焼香を賜り誠にありがとうございました。

この度の事はあまりに突然の事でした。実はおととしの夏の終わりに血液が正常に作られなくなる骨髄異形成症候群と診断を受け、少し前には、白血病にもなっていると私達娘は医師から聞かされておりました。骨髄異形成症候群は遺伝子が突然変異して発症する病気だそうです。

それでも良い先生のご尽力もあり、進行を遅らせるために、3週間ごとに1週間にも及ぶ、通常は入院点滴で行う抗がん剤の治療にも通院で16クール耐え、先生からスーパー患者だと言われた時はとてもうれしそうにしておりました。
又昨年の早い段階から毎週輸血をするような状態でした。日常生活も通院も身体がどんなに辛かった事かと思いますが、通院の行き帰りの、葉山ならではの海越しの富士山や山々の移り変わりを楽しんでおりました。

しかし、つい先日のx月xx日にいつも通りに検査をし、輸血もして普段通りに帰宅したのですが、翌日のxx日から普段にもまして非常にだるそうに見え、ひどい咳込みが始まりました。以前から肺に水が溜まり咳はありましたが、いつもと違うと感じた翌日x月x日に救急搬送致しました。が、日付が変わったx日午前2時20分に亡くなってしまいました。最後の診断は肺炎でした。1年6カ月の抗がん剤治療に耐えていたのにたった二日間のでき事でした。

長くなりますが、母と私達娘の思いにふれさせてください。

母は、
祖父△△〇〇〇と祖母〇〇の長女として、昭和x年x月x日に生まれました。後7日程で迎えるはずだった卒寿、90歳のお誕生日を非常に楽しみにしておりました。母のために整えた庭木がつぼみを付け始め、母に喜んで貰おうと妹や私が植えたたくさんのチューリップの緑がみずみずしくなり、お誕生日には満開だね、と楽しみにしていたところでした。

母は、
いろいろな場所で幼少期を過ごしたようですが、いつでも聞けると思い、△△(旧姓)〇〇、〇〇〇〇と言う母の人生を詳しく聞いていなかった事が悔やまれます。
海軍の将校であった祖父の移動に伴いあちらこちらに移動したようですが詳しくは知っておりません。▽▽に落ち着き、神奈川県立高女を卒業した後は▽▽ドレメ学院で洋裁を学び、◇◇のデパートや□□□□□駅近くで洋裁店を任されていた事もあったようです。
その後父と昭和xx年11月12日に結婚し、私達が生まれました。▽▽や船越、馬堀や池上、そして葉山、更に関西の芦屋、京都の長岡京に住み、最後は父と葉山に戻り過ごしておりました。

実は以前から母に、生まれた時からの思い出を徒然に書いてくれたら、私が折々にブログにしてあげるよと言っておりました。それを実現しないうちに逝ってしまいましたが、母のメモ書きを見つけました。私には言ってくれなかった病気への思いなども書いてありました。

いろいろ欠点はあったと思いますが、我慢強い母だったと思います。パソコンやスマホ、詩吟、とんぼ玉、新しいモノや伝統的な物、様々な事に興味を示した母でした。パズルやクイズも大変好きな母でした。女学校時代には日本舞踊の舞も友人と披露した母でした。お茶目なところもあれば、素敵なデザイン画を描いたり自分のお琴を今でも持っている母でもありました。そして、きっと、見つけたメモの中には、娘達が知らなかった母もいると思います。

母はいつまでもいてくれる、と呑気にしていた大甘な娘達ですが、これからは父と母の思い出と共に歩んでいきたいと思います。

最後に、生前も、そして亡くなった後もこのように多くの皆様にお世話になり、感謝と共に母に代わり厚く御礼を申し上げます。
本日は誠にありがとうございました。
posted by 葉山猫 at 16:44| 神奈川 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日々雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おはようございます

突然のことで驚いています。今は、どうぞ安らかに、としか申し上げられませんが、お母様のご冥福をお祈りいたしております。

葉山猫さんもどうか体調にお気を付けくださいね。またご連絡させて頂きます。
Posted by poohpapa at 2017年04月13日 09:39
papaさん、こんばんは

ありがとうございます。
そして、どうぞお気遣いなくなく(´ー`)
個別にお知らせしなかったのは気遣いさせてはいけないと思ったからです。
この場を借りてお詫び申し上げます。

って、ブログに書いてりゃ大々的にお知らせしてるも同然ですよね〜。
でも、これは私の、なんというか黒助への追悼と同じなんです。
猫と一緒にしちゃぁ怒られるか。(;^ω^)

誰だかの言葉に

ヒトは二度死ぬ。一度目は肉体が死んだとき。二度目は忘れ去られた時。

なんてのがあったような。
うろ覚えですが。

なので・・・
電子の世界にだけでも残しておきたいと・・・

それだけです。m(_ _)m

Posted by 葉山猫 at 2017年04月13日 22:51
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