2007年07月14日

ゲド戦記

これも非常に楽しみにしていた映画。

原作:ゲド戦記 アーシュラ・K・ル=グウィン


このアニメは・・・
原作とはまるっきり別のモノと考えましょう。
原作を読んでない人はそれなりに楽しめる「かも」しれない。

私の感想を端的に表わすと・・・
最後の一番盛り上がる手前で、相方と買い物に出かけた、と言えばわかると思いますです。(ひどい奴


======以下原作の感想
私は先に原作を読んでいたのだけど(別巻は除く)、うーん・・・
特に前半3巻までの原作そのものもあまり私の好みではない。
なんというか、ほんとに「テイル」というか、炉辺で話される昔話的な感じと言えばいいのか。
登場人物の心のうちや人間関係は細かく書き込まれず、淡々と語られるって感じかな?
これ自体が悪いというのではなく、私の好みに合わなかったってだけ。
反して4巻目以降は、3巻目との間に十数年置いて書かれ、前半とは違い登場人物の心のうちも書かれ、今良く目にする小説作法?に近くなっている。
ので、私には違和感が3巻以前よりはなかった。
世界構成は好き。
だけど「ゲド戦記」というほど戦記を感じなかった、と言える。(私には

私が「ゲド戦記」に惹かれた(読みたいと思った)のは、昔から名前を良く聞いていた事と、恥ずかしながらゲームの「幻想水滸伝III」の主人公の一人であるゲドに惚れたから!(たはは
このゲーム自体はル=グウィン著のゲド戦記とは関係なく、主人公の名前だけ借りたような気がしている。(まぁこちらも一つのゲド「戦記」であるけど^^;)
なので、思い入れがあったのよねー
どんな物語なのだろう!と。

面白かったけど・・・(原作の事ね
まぁ私の中では一番ではない。
======ここまで

それでも、この独特な世界観を宮崎アニメ(スタジオジブリと聞けばそう思ってしまう)がどのように描くのか、それは非常に興味があったし、期待していた。

だ け ど

これは・・・それこそ「ゲド戦記」という名前を借りた別物です。
別物として考えて、アニメ映画としてもなんというか・・・
一昔前のストーリー?
自分探し、少年成長記、勧善懲悪もの
としても中途半端。


私が感じた違和感は著者がこの映画に関して公表したコメントに正に表われている。

それを読んで分かった事が一つ。
これ、宮崎駿氏はタッチしてないのね。
息子さんの宮崎吾朗氏の作品なのね。

原作者のコメント ← ネタばればれなのでご注意(これから見ようという方は読みに行かない方が無難

まぁ人によるし、ファンタジーモノとしては原作は名高いから話のタネに見るのも一興かと・・・
(でもレンタルでね  ぉぃ



追記:2007/07/15
「ゲド戦記」は原作の邦訳の時につけられた題名で、実際は「A Wizard of Earthsea(アースーシーの魔法使い)」という題名なのね。
Earthseaは、この物語の世界の名前。
(一作ごとに題名がつけられているから、敢えて言えばアースーシーシリーズ、とでも言えばいいのか?)
あースッキリした。
戦記らしい戦記は無いのに、なぜ??と本を読みながらずーっと思っていたのよね。
まぁ奥付読めば原題が載っているのにそれを見もせず、読み進めていた私が不精なのだが・・・
ネーミング自体は語感が良くて好きだけど、内容を誤解させるわねぇ。
(「続きを読む」に更に追記してたり・・・)


↓以下ネタばれ含む
原作者のコメントを読むと、
最初は原作者が物語として本に書いていない時期を選んで、その時期の隠れたお話としてそれをアニメ化する、みたいな話があったようだ。

しかし、それすらも守られなかった。

原作を知っている人が見ると分かるけど、原作の人物の登場の仕方も含み、原作に書かれている話をかなり変えてアニメ化している。
これは・・・
それが、別のお話として良く出来ているのなら文句はないが、ご都合主義だし、「なんで?」という流ればかり。

それに原作者のル=グウィンという人は「闇の左手」等もそうだが、非常にシビアな、暗い感じのお話を書く人だ。
「ゲド戦記」の後半活躍するテヌー(テハヌー)の登場のきっかけ等、すっごい悲惨。
(原作は細かく書いてないけど、逆にそれがこの世界の日常を表わしているようで説得力がある)

世界3大ファンタジーとも呼ばれる所以となる骨がまったく描かれていない。

テヌーに関しては、
挿入歌でありテーマ曲である「テヌーの歌」。
なんだかなぁ。
映画と切り離して聞いた方が良い。

挿入歌として使われる場面も今一だし、心に来ない。
おまけに声優として起用されてるけど・・・
申し訳ないが、もののけ姫の姫をもっと感情無しにした感じ。

ゲドより活躍する(というか、「ゲド戦記」なのに原作の3巻以前のゲドの活躍がないので、アニメタイトルに偽り有り!と言いたくなる。)アレン。
これも又全編通じて暗いトーンでボソボソしゃべってるし。
原作では唯一明るく描かれている人物と言ってもいい登場人物なのに・・・
ちなみに原作では、アレン王子は父親殺しなどしていません!
良い王子さんですよ。
おまけにある運命が彼を待ってるし・・・

それに影に追いかけられるのは、3巻以前の少年時代のゲドであって、アレンでは決して無い!
さらに、アレンと知り合ってある大冒険をした後、ゲドは魔法を失います。
なので、テヌーがXXXになる時は、ゲドは魔法を使えない状態なのですよ。
だからこそ・・・!

そしてテナー。
彼女も実はアースーシーの世界では有名人で、元々はある宗教のテッペンにいた(された)人です。


まったく・・・

本当にまったく!原作とは異なるお話です。

悪役として描かれる「クモ」も原作では違う立場が用意されてます。

ほんとにもーーーーー!


私は原作と違う事のみでダメだ、と思ってるわけではないです。
アレンが父王を指す理由が分からないし、魔法で鍛えられていてゲドから「まだお前(アレン)には抜けない」と言われ、いかにもいわく謂れがあるようにふれられた剣が、影の始末も何にも描かれずに終盤いきなり抜けるし。
テヌーが何故XXXになるのかも唐突だし。
それにクモの部下のオジサン・・・
宮崎アニメに出てくる悪役として有名なフェイスだけど、今までは憎めない部分も描かれていた。
大体宮崎アニメと呼ばれている作品には、根っからの悪っていなかったような・・・
メインの悪役にもそれなりの理由が用意されてたし。

それにアレンの性格が変わる時の表情。
凶悪過ぎ。
いや、凶悪でもいいんだけど、私は最初悪霊?か何かがついているのか、と思ってたんだけど、自分自身だったのね。
自分自身の内面からあの様な表情をさせるんだったら、その始末(理由なり、影とちゃんと合体させるとか)をちゃんとつけてくれないと、主人公なんだから感情移入できないじゃん・・・見終わった後でも。
しかし、影の事もなぁ・・・
影は不安を表わしていたの?
恐怖を表わしていたの?
じゃ、その部分を切り離した本体のアレンが何故追い詰めれたり?すると、あの様な凶悪な表情をするの?
分からん・・・


昔宮崎駿氏からアニメ化を打診されて断った原作者。
当時は宮崎アニメを知らなかったそうで、自分のポリシーから断ったようだ。
だがその後宮崎アニメを見て感動し、これだったら自分の世界観を表わしてくれるだろうと、昔の申し出を覚えていたので原作者からアニメ化をする気がまだありますか?と問い合わせたそうだ。
当然原作者の頭にあったのは宮崎駿氏。

原作者のコメントを全部読んで感じたのは、
宮崎駿氏(不干渉による)とスタジオジブリ、なんかもてはやされすぎて勘違いしたね?
ですね・・・
原作者のコメントを全部鵜呑みにせずとも、母国語が違うから、原作者との意思疎通に行き違いもあっただろうと想像もできるけど、出来上がった作品を見ればね・・・


蛇足ですが、原作者のコメントは非常な失望と怒りがあっただろうと思うのに、宮崎氏サイドを思いやった書き方になってます。(訳文だけど。原文も載ってたはず)
私は素直に受け取れました。



追記:2007/07/15
これを書いてからあちこち関連を見ていたら、映画公開当時からいろいろ批判されていたのね(賛美する意見も当然有り)
思うのだけど、かなり強硬な批判をしている人は原作を読んでいる人達ではないか、と思う。
それか、宮崎アニメの古くからのファンの人。
逆に賛美する人は(年若い人が多いような気がするけど)、原作を読んでない人達ではないか、と。
無論例外はあると思うけど。
原作を読んで尚且つこの映画を見に行った人は、それなりに「ゲド戦記」を好きな人だと思う。
そうすると・・・「え〜〜〜〜〜〜?」って思うのは必然。
アニメの出来不出来以前にストーリーに対して違和感を感じ、拒否感が出てくる。
原作自体、子供から大人まで読める内容だけど、その人によっていろいろ読み取れる内容。
単純にぼかして語られる部分、後半(テヌーの背景)の一部は、真剣にどのような事をされたのかを考えるとその行為は子供に知らせるにはきつい。(大人でも良識のある人は奥歯をかみ締めると思う)
映画ではそこら辺をすっ飛ばしているけど、だからと言って、じゃ、分かりやすいか、と言うと、小さい子供が見ても「?」だろう。
先にも書いたように登場人物の行動に明確な理由付けとその解がないから。
結局のところ、剣にもの言わすって感じしかなかった。
大人が見れば、原作の表面だけ安易にすくい取った感がしてがっかりするだろう・・・(それも改変して)

純粋にコアな宮崎アニメファンで見に行った人は・・・
絵の仕上がり具合に失望するのでは・・・
私も冒頭シーンを見た時、「?」と思ったのよ・・・
海のシーンなのだけど、なんというか懐かしい感じがしたのね。
これは決して誉め言葉でなく、古いアニメの絵を見せられた感じがしたのよ。

宮崎アニメって、絵がきれいだよね。背景にしてもなんにしても。
絵が丁寧だし、遠景近景登場人物、風物が渾然一体となって厚みのある世界が感じられる。
今回かろうじて宮崎アニメらしかったのは、町を遠景で描いた箇所位しかなかったような気がする。
それすらもなんかピントが甘い感じがしたけど・・・

酷評している人は、悲しんでるんだと思う。
「ゲド戦記」自体、40年以上前に書かれ、それから読み継がれている作品だし、世界中にファンがいる。
それこそ宮崎アニメのファンより数多く。(多分)
今回その世界中のファンがこの映画を「お?」と思って見に行くかもしれない。
普段アニメを見ない人も。
そういう人に失望して欲しくない。
「なんだ。これは?」とか
「こんな程度か」
と思われるのが私は悲しい。
本当はもっと質の高い作品群があるんですよ、と言いたくなる。

原作を知っていてこの映画を見に行った人は、出来の悪い世界設定剽窃作品としか思えない。
「ゲド戦記」という名前を付けず、登場人物も町などの名前も全部他の名前にしていたら、ここまで叩かれなかったような気がする。

かなり酷評してしまって申し訳ない。
こんなに原作とかけ離れた映画を見るのは初めてかもしれないので失望感が大きく。(哀
主要な登場人物の過去を入れ替えたり、まして父親殺し(未遂かもしれんが)等という犯罪をおかさせてしまうなど・・・
ちなみにゲドの少年期、影を出現させてしまう行為とその影との決着がゲドの後年の考え方を決定づけるので、重要なエピソードなのですよ・・・


ラベル:映画 アニメ
posted by 葉山猫 at 19:35| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画&TV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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